2009年07月01日

体制の破綻と延命の試み

ソ連や東欧の共産党政権は、基本的人権や民主主義を軽視したために国民の支持を得られず、経済の発展において西側諸国をしのぐこともできなかった。その結果、東ヨーロッパの共産党政権は1989年に次々と崩壊し、ソ連も1991年に解体した。

中華人民共和国の中国共産党は、毛沢東が主導した大躍進政策や文化大革命によって、人的、物的に多大な損失を経験した後、1970年代後半から鄧小平の指導で改革開放を進め、社会主義市場経済を標榜している。これは、一言で言えば資本主義と社会主義の混合経済であり、旧ソ連のネップやアジアNIES諸国のやり方を参考にしている。「発達した資本主義経済が社会主義経済へ移行する」というマルクス主義の経済発展段階の学説に基づき、市場原理の導入によって経済を発展させ、それを基に社会主義社会を通して共産主義社会を目指すとしており、現在は資本主義社会から社会主義社会への過渡期であると、政府は主張している。なお、中国の政治は、現在でも中国共産党による一党独裁制であるが、党員に資本家を含むなど多様な勢力を抱える政党に変質している。
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北朝鮮は独自の主体思想を標榜し、ソ連・東欧の崩壊に伴う交易環境の悪化にもかかわらず体制を維持したが、経済は破綻、深刻な飢餓によって数十万から数百万の死者を出した。

冷戦終結後に最大の援助国ソ連を失ったキューバは米国の経済封鎖下で深刻な経済危機に直面した。その後は都市部での有機農法での食料増産や省エネルギー政策でいくらか持ち直している。最近ではベネズエラなどの中南米諸国との経済交流が進み、これらの友好国からの経済援助無しでは立ちゆかない状態である。

2009年06月13日

計算問題と計算量・複雑性

計算複雑性理論で扱う問題とは、ある一連の問いの集合があり、各問いは有限長の文字列で表され、与えられた問いに対して解を求めて出力する計算問題である。例えば、FACTORIZE問題とは「二進数で書かれた1つの整数について、その素因数を全部求めて返す」という問題である。問題に属する個別の問いをインスタンスと呼ぶ。例えば、「15 の素因数を求めよ」は FACTORIZE 問題のインスタンスである。

アルゴリズムの計算量(けいさんりょう)とは、計算機がそのアルゴリズムの実行に要する計算資源の量をいい、アルゴリズムのスケーラビリティを示す。形式的には計算機をチューリング機械や即時呼出機械(random access machine)などの計算モデルとして定式化したうえで、アルゴリズムの使用する資源の量を入力データ長などに対する函数として表す。計算モデルの瑣末な詳細に影響を受けないよう、計算量はその漸近的な挙動のみに注目し、定数倍を無視するO記法で書き表すことが多い。計算モデルとしては、チューリング機械や論理回路などがある。計算資源の量としては、チューリング機械における時間計算量(動作ステップ数)や空間計算量(テープ長)、また論理回路における素子数や深さなどがある。
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時間計算量は、あるアルゴリズムを使ったときに問題のインスタンスを解くのに要するステップ数を意味し、入力データの長さ(ビット数などで表現できる)の函数として表される。シンプルな例として、ある問題に対する解法が nビットの入力に対して、ある計算モデルで n2 ステップで動作する場合、時間計算量は n2 であるが、他のほとんどの計算モデルでも、時間計算量は漸近的には定数倍の違いしかなく、O記法を使えば計算モデルによらず問題の時間計算量をO(n2) と表せる。計算を芝生を刈る作業にたとえれば、その時間計算量は線型であり、芝生の面積が2倍になれば時間も2倍かかる。この面積が2倍になれば時間も2倍になるという関係は、芝刈機の速度には関係しない。しかし、辞書を二分探索する場合の時間計算量は対数時間であり、辞書の厚さが2倍になっても、二分探索のステップが1増加するだけである。
空間計算量は、同様の概念であり、アルゴリズムが必要とする記憶容量を意味する。例えば、紙とペンを使って計算を行う際に要する紙の枚数に相当する。空間計算量にもO記法が使われる。
計算モデルによっては、これらとは異なる計算量が使われることもあり、例えば回路計算量がある。これは問題の解法をブール論理による論理回路ゲートに置き換え、その回路の規模で計算量を現すものである。これは集積回路の設計などで利用される。

計算問題の複雑性(または計算量)とは、それがどの計算モデルにおいて、どれほどの計算量のアルゴリズムによって解けるかで測られる。直感的には、問題の計算量は、最も効率のよいアルゴリズムを使ったときに問題のインスタンスを解くのに要する計算量だと考えるのが自然である。しかし、最良のアルゴリズムであることを示すのは通常困難で、多くの場合、O記法を用いて「ある時間以下で計算できる」ことを示すことになる。そのため、複雑性クラスを導入し、クラス間の相互関係を示すことで、計算問題の複雑性を明らかにする。

2009年06月08日

ヴィパッサナー瞑想は仏教における

ヴィパッサナー(パーリvipassanā、サンスクリットvipaśyanā、古語「毘鉢舎那」)は仏教における「観行」(現代中国語「内観」)のパーリ語の発音。よって、ヴィパッサナー瞑想とわざわざ呼ぶ場合は上座部仏教の観行瞑想のこと。またそれを現代風にアレンジした瞑想方法のことも指す。

仏教において瞑想(漢訳「止観」)は、サマタ瞑想(止行)と、ヴィパッサナー瞑想(観行)とに分けられる。前者が心を静めることを中心とし、仏教以前にもインドにおいて広く行なわれてきた瞑想方法であるのに対し、後者では観察することを中心とし、釈迦が新しく開拓ししそれによって悟りを開いた仏教独自の瞑想方法とされる。

伝統的な仏教の修道論においては、念をもって定を得、そこから観をへて悟りに至るとされていた。そのため最初にサマタ瞑想により禅那の四位にいたりそこからヴィパッサナー瞑想で観を得ることを目指すという手法がとられていた。ただし特に欧米では最初から定と観の両方を目指すマハシ系とゴエンカ運動系の瞑想法が広まったために上座部仏教=ヴィパッサナー、中国系大乗仏教=禅、チベット系大乗仏教(密教)=タントラとの誤解が生まれている。
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ヴィパッサナーとは「よく観る」「物事をあるがままに見る」という意味である。一般に仏教においては、こころを鎮めるサマタ瞑想と、物事をあるがままに観察するヴィパッサナー瞑想とが双修され、この点は南伝仏教でも北伝仏教でも変わらない。
伝統的に上座部仏教においては、サマタ瞑想を先に修行して、それからヴィパッサナー瞑想へと進むという階梯がとられてきた。ヴィパッサナー瞑想を行なうためには少なくとも第一禅定(最高で第四禅定)に入っている必要があるとされ、そのためにはサマタ瞑想を行なわねばならないのである。また北伝の大乗仏教においては、サマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想の双方を同時に修養していくことが重要視されてきた。禅においては念・定・観をまとめて最初から悟りを目指す瞑想法がとられる。
これに対し、最初からヴィパッサナー瞑想のみを中心に修行するという道も、少数派ながら古くから存在した。これは、ヴィパッサナー瞑想を行うことによって、自然に第一禅定がもたらされるという事実に基づいている。またより重要な問題点として、サマタ瞑想にあまり重点を置きすぎると、それによってもたらされる三昧の快楽に耽ってしまいがちであり、なかなか悟りが開けないという点も指摘される。ブッダの悟りはサマタ瞑想ではなくあくまでもヴィパッサナー瞑想によって開かれたのである。
現代では、在家信者のためにより簡便な瞑想のプログラムが組まれる必要が生じてきた。時間がかかるサマタ瞑想の修行を省略し、最初からヴィパッサナー瞑想のみを修行していく方法がレディー・サヤドウ、ウ・バ・キン、マハーシ・サヤドウ、アジャー・チャン、ゴエンカら複数の僧侶や修行者によって組織化された。これが現代において「ヴィパッサナー瞑想」と称される瞑想方法であり、ミャンマーを中心としたスリランカやタイなどの上座部仏教圏だけでなく、欧米にも紹介されている。
日本においては上座部仏教は小乗仏教として軽視されてきた。また仏教の瞑想法としては、天台宗の止観や臨済宗や曹洞宗の座禅などが長らく主流であった。そのため、欧米と異なり、この(上座部仏教起源の)「ヴィパッサナー瞑想」はなかなか普及しなかったが、90年代以降、日本ヴィパッサナー協会(ゴエンカ系)およびとりわけスマナサーラ長老を中心とした日本テーラワーダ仏教協会(主にマハーシ系)によって指導、紹介されている。
マハーシ・サヤドウ、ゴエンカらが省略または取捨選択して用いたサマタ瞑想を重視し、「ヴィスッディマッガ(清浄道論)」に紹介されたサマタ瞑想をすべて修習することをうたう、ミャンマーのパオ・セヤドーの教えを基にしたパオ系と呼ばれる流派も注目を浴びつつある。この系統の指導者としてパオ・セヤドー以外に日本で知られている人にはクムダ・セヤドーがおり、他にも上座部仏教においては珍しい女性の指導者ディーパンカラ・サヤレーもいる。

2009年04月25日

古くから人間に利用

洞窟は古くから人間に利用された。文明が発達する以前から、天然の洞窟は往々にしてヒトの住居となっていた。主として洞口に休息の場を求めたと考えられる。屋根があり、開けていない場は隠れ場所としては優れているが、ヒトは夜目が利かないから、深くまでを利用したものではなかったであろう。文明が発達した後も、人為的に洞窟を作ってそれを住居とした例は多く、現在でも見られる地域がある。

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それ以外の利用法としては、様々なものを格納し、保存する場としても使われた。洞窟内は温度が低いから、農産物などを保存する例もあり、その極端な例は氷室である。

また、文化的には洞窟は死後の世界や異世界への入り口と見なされた例が多い。イザナギノミコトがイザナミノミコトを求めて黄泉の国へと行ったのも地下へ続く洞窟を通ってである。死者を葬るために穴を掘る例も多い。

同時に、洞窟は危険なものでもある。奥は闇で何も見えず、迷子になりやすく、縦穴に落ちる可能性もある。また、危険な獣が住み着いていた場合、外敵となる。中国ではトラは洞穴に住むものとされ、ついでに妖怪や魔物も洞窟をねぐらとする。また、英雄の冒険は往々にして洞窟を探検し、猛獣や魔物を退治する。いわゆるロールプレイングゲームにおけるダンジョンはこれを模したものである。

2009年04月07日

軍歌としての目的以外

日清戦争後 [編集]
軍歌としての目的以外に、一般国民に対する戦況報道も兼ねていたため、叙事詩的なものが多い。曲も、洋式音楽が煮詰まってきた時期であり、のちのちまで歌い継がれる秀逸なものが増えてきた。

勇敢なる水兵 作詞:佐佐木信綱 作曲:奥好義
黄海海戦時に巡洋艦松島艦上で戦死した三浦虎次郎三等水兵の壮烈な最期の模様を歌った曲。軍民問わず大変広く愛唱された。昭和4年に作詞者の手で歌詞が改訂されている。漫画のらくろの「のらくろの歌」の曲としても使用された。
坂元少佐(赤城の奮戦) 作詞:佐佐木信綱 作曲;納所弁次郎
黄海海戦の際の砲艦赤城と、艦長の坂元少佐の奮戦の模様を歌ったもの。格調高い歌詞と軽快な曲が特徴。なお、作家の内田百間のお気に入りで、ことあるごとに歌唱しており、冒頭の一節は「けぶりか浪か」という随筆集の題にも引用されている。
黄海の大捷 作詞:明治天皇 作曲:田中穂積
軍歌作詞の趣味もあった明治天皇の手になる作品。極めて長い一連の叙事詩。
如何に狂風 作詞:佐戦児 作曲:田中穂積
読売新聞誌上に載った歌詞に曲をつけたもので、作詞者の「佐戦児」は投稿した軍人のペンネームであり、誰であるかは不明。威海衛襲撃をテーマに取った勇ましい歌詞と、水雷艇の襲撃を思わせるスピード感ある曲で知られる。のちの太平洋戦争時には、海軍予備学生の間で特に人気があった。
雪の進軍 作詞・作曲:永井建子
日清戦争時に第二軍司令部付き軍楽隊員として、実際に従軍した永井建子がその己の体験を元に作った歌である。厭戦(えんせん)歌そのもののような、軍歌としては異色の歌詞が特徴。長らく将兵※に愛唱されていたが「勇壮でない」とされ、昭和に入り歌詞が一部改訂(「どうせ生かして還さぬ積り」という歌詞が「どうせ生きては還らぬ積り」に直された)され、さらに太平洋戦争中には歌唱禁止とされていた。戦後の現代でもなお、映画八甲田山(実質の劇中歌)の影響もあってか知名度も他の軍歌と比べても低くは無い。なお、似た唄として雪の戦線という歌がある。なお、歌詞がところどころ同じ、若しくは似たところが見受けられる。
 ※明治の名将大山巌陸軍元帥もその1人で、病床に付いてもなお臨終の最期まで枕元でこの歌を聴いていたという逸話もある。ちなみに上記の第二軍は大山元帥配下の軍であった。
軍艦行進曲 作詞:鳥山啓 作曲;瀬戸口藤吉
明治26年に小学唱歌として発表された歌詞に明治30年瀬戸口が曲をつけ、さらに明治33年に行進曲に改められたもの。一般には「軍艦マーチ」として親しまれている。海軍の公式行進曲で、海軍はもとより民間、陸軍でも愛され、さらには現在でも海上自衛隊の行進曲であり、盛んに使用されている。完成度・知名度ともに「日本を代表する行進曲」といわれる。日本国内ではしばしば『 世界三大行進曲のひとつ』と見なされることがあが、世界三大事物そのものがそうであるようにこれには明確な根拠は無く、主に日本国内を中心に出回っている風説である。また、ミャンマーでは替え歌が国軍の行進曲として採用されている[要出典]。
婦人従軍歌 作詞:加藤義清 作曲:奥好義
戦地に出陣する当時の日本赤十字社従軍看護婦を歌った、世界的にも珍しい異色の軍歌。作詞者が、駅で出陣する従軍看護婦の姿を見て感動し、一晩で一気に書き上げたもの。赤十字の精神についても言及がある。
日本陸軍 作詞:大和田建樹 作曲:深沢登代吉
鉄道唱歌の作詞者としても有名で、のちに多数の軍歌を手がけることになる大和田の作詞。日中戦争以降は出征兵士の壮行歌としても多用された。当時の陸軍の兵科(憲兵科を除く、衛生部含む)を歌の中に歌いこんである。昭和に入り、メロディーはそのままに、戦車兵科等新時代に合わせて藤田まさとが新たに歌詞を数番付け足した「新日本陸軍」という曲も存在する。
日本海軍 作詞:大和田建樹 作曲:小山作之助
上の日本陸軍と対になる作品。なんと日露戦争直前の全軍艦名を歌い込んであり(その為やや歌詞に無理がある)、あまりに歌詞が長いため、発表このかた一度も全歌詞を録音されたことがない。また、北朝鮮では「朝鮮人民革命軍」という同じメロディーの替え歌が歌われている(ただし、北朝鮮では金日成作曲と偽っている)。

日露戦争後 [編集]
こちらも叙事詩的な性格のものが多いが、同時に将兵に対する訓戒のような軍歌も増えてきた。全体的にさらに曲が洗練され、七五調・文語体の長大優美な歌詞のものが多い。なお、海軍省は佐佐木信綱や大和田建樹などに制式海軍軍歌の制作依頼を出しており、このため一連の海軍軍歌の制作年代は明治末であるが、軍歌集による公布は大正初めとなっている。

戦友 作詞:真下飛泉 作曲:三善和気
本来は、一人の兵士が出征後負傷して凱旋し、村長となるまでを歌った、一連の極めて長い「戦績」という唱歌の中の「戦友」という一篇であった。戦友を失う兵士の哀愁を切々と歌い込む歌詞と、同じく哀切極まりない曲とで長く歌い継がれた。日本軍歌一の名軍歌とも言われ、今日でも愛唱する人は多い。昭和期に入り、歌詞にある軍紀を無視する箇所がけしからんということで該当箇所が差し替えられ、さらに太平洋戦争中は歌唱禁止に追い込まれたが、将兵は何かと理由をつけてこの歌を歌い続けていたという。
決死隊 (軍歌) 作詞:佐佐木信綱 作曲:上真行
第1回目の旅順港閉塞作戦を歌った叙事詩。淡々とした曲と、情感豊かな歌詞とで悲壮ながらも軽快な曲となっている。戦い前の将兵の心境とよくマッチしたと見え、のちの太平洋戦争時の開戦前夜や、重大な決戦前には必ずと言ってよいほど歌われた。
広瀬中佐 (軍歌) 作詞:大和田建樹 作曲:納所弁次郎
旅順港閉塞作戦で戦死し、軍神として称揚された広瀬武夫海軍中佐を讃える曲。大正年間成立の同名の有名な唱歌とは別の曲であり、海軍内ではこちらが歌われたが、一般に幅広く歌われ親しまれたのは唱歌のほうであった。
橘中佐 作詞:鍵谷徳三郎 作曲:安田俊高
陸の軍神である橘周太陸軍中佐の壮烈な戦いぶりを描き、讃える曲。上が19番に下が13番と非常に長い歌詞であり、上と下にそれぞれ別の曲がついている。のちに静岡歩兵第34連隊の隊歌となった。
日本海海戦 作詞:大和田建樹 作曲:瀬戸口藤吉
海軍省の依頼で作られた制式海軍軍歌の一つ。日本海海戦を経過順に歌いこんであり、鉄道唱歌の流れをくむ軽快なものに仕上がっている。主に海軍内で歌われ、一般には同名の唱歌の方が親しまれた。一番の歌詞に「寄こせし敵こそ健気なれ」という敵を讃美する部分があり、当時の日本の世情を表している。瀬戸口の手により行進曲に作り変えられた「日本海海戦記念行進曲」もあり、気ヲ著ケ(きをつけ)の信号ラッパの出だしと、トリオ部分に君が代を使用するなど、独創的かつ、まとまり良く仕上がっている。
艦船勤務 作詞:大和田建樹 作曲:瀬戸口藤吉
海軍軍人の心構えを示した曲で、やはり海軍制式軍歌の一つ。歌いやすく明るい単調な歌詞と曲で、海軍内で終戦まで歌い継がれ、「海軍といえばこの曲」というほどに定着した。
大正時代 [編集]
全体的に平和な時代であり、この時期作られた軍歌は少ない。兵科ごとの曲や、軍の学校の校歌・寮歌の類が目立つ。

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2009年03月23日

普及と発展

だが1906年の鉄道国有法公布後、私設鉄道条例改め私設鉄道法(1900年制定)は条件が厳しすぎるとして、ほとんど新規に私設鉄道を敷こうという者がいなくなってしまった。これは国有化で金を使い、地方開発に大きな資金を使えない政府としては由々しき事態で、結局政府もより簡易な法律に基づいた鉄道の敷設を容認せざる得なくなり、結果的には「軽便鉄道」を推進する事となったのである。

1909年に、「軽便鉄道法」という8条しかない法律が公布され、これを追いかけて国鉄線の収益を財源とする軽便鉄道補助法が制定されると、軽便鉄道は北海道を除く全国に爆発的に普及していった。

しかし、軽便鉄道法の規定はあまりにも緩やか過ぎたため、1919年に「地方鉄道法」による地方鉄道に統合され、制度としての軽便鉄道は廃止された。
マクロ ロード ナビビラ 地中海 フロー ワダン リグベーダ 探険隊 クロス テレキ シルエット メイン キュリーズ ファイト フロー ターキ 草競馬 ブロイ オフテン タオル ダイアリー ビルト ビヤマグ ビードロ ローシップ ウーマンパワー グルタチ ダクター ルテオリン マイムエ はだし ポルテ 百日紅 サイダー ミニカ プリンセス がんばる パーセント あばしり ショート スパル ましけ アジェンダ 氷河便利 シーベル フェイク アフタ フルーテ ドリンク トレンチ

北海道では開拓入植の促進のため、主に762mm規格の「殖民軌道」が1920年代中期以降盛んに敷設された。湿地や泥濘地の多い未開拓地域では大規模な客土工事を必要とする道路建設よりも軌道敷設の方が容易であり、自動車交通の普及以前でもあることから普及した手法であった。

またモータリゼーション以前は、物資輸送の為に各地の工場や鉱山などで多数軌道が引かれており、ほとんどで設備投資が容易な762mm以下の軌道として専用鉄道が多数敷設されている。現在もごくわずかだが工場内などの専用軌道が残っており、また利根川や淀川など大規模河川改修やトンネル工事などでは簡易的に軌道が引かれていた、トンネル工事などでは現在でも軌道が引かれる場合が多い。大規模な例としては国土交通省立山砂防工事専用軌道などが有名である。

忘れてはならない存在が森林鉄道である。林業の発展と共に、明治時代後期から日本全国各地に軌道が引かれた。木曽森林鉄道は有名な例である。こちらも1970年代までに、国内林業の衰退や林道の整備が進んだことにより役目を終え、トラック輸送に転換される形で廃止された。

衰退の時代 [編集]
軽便鉄道は、鉄道の最大の長所である高速大量輸送の能力を持たない。そのため、1920年代以降は路線バスの普及によって縮小傾向を迎え、1930年代に入ってからの新規開業例はほぼ途絶える。

早くも1930年代末期までに多くの零細軽便鉄道が淘汰されている。第二次世界大戦中の戦時体制下では、短距離の観光路線である私鉄線が政策的に「不要不急線」として廃止を余儀なくされた例があり、軽便鉄道にもその被害を受けた路線があった。

戦後まで残存した軽便鉄道は、燃料不足で自動車輸送が機能不全に陥っていた1940年代後半こそ買い出し客などの増加によって一時的に輸送量を増大させたものの、1950年代以降はモータリゼーションの進展によってバス・トラックや自家用車からの圧迫を受けるようになり、経営を悪化させ、1970年代までにほとんどが廃止された。

北海道の殖民軌道は、その敷設地域の道路事情のあまりの劣悪さ故に第二次世界大戦後も地元町村に運営移管される形で存続した例が多く、1960年代中期に至っても路線延長がなされた例があったが、道路網の整備とモータリゼーションによって急速にその役割を失い、最後に残った浜中町営軌道が1972年3月限りで廃止された。

軽便鉄道の改軌・規格向上 [編集]
軽便鉄道が輸送需要の増大などに応えるため、1067mm以上の軌間への改軌や電化など、より高い規格に改修される例は古くから見られた。

特に客貨車の全国直通が可能な体制構築に努めていた鉄道省→日本国有鉄道は、私鉄買収によって国鉄線となった762mm軌間路線について、買収後早期に改軌工事を進めており、それは資材供給状況の厳しかった戦時中にも松浦線(現・松浦鉄道西九州線。旧・佐世保軽便鉄道)などで敢行されていた。1950年10月の釜石線全通に伴う旧・釜石西線区間(旧・岩手軽便鉄道)の改軌および一部廃止を最後に、762mm軌間の国鉄線は消滅している。

しかしこのような工事は、ややもすれば新線建設に近い投資を必要とするため、資本力に乏しい民営鉄道では着手困難なことが多く、規格向上に踏み切れないうちにモータリゼーションの影響を受けるようになって廃止された軽便鉄道も多い。

非電化軽便鉄道が、軌間はそのままに電化のみ行った例は多数存在する。戦前には輸送力増強目的で、また戦中戦後には石炭・石油燃料不足への対策として実例が多数生じた。だが1067mm以上へ改軌した例と比較すると、輸送力や速度の制約が大きいために、根本的な体質改善を遂げたとは言い難かった。電化された軽便鉄道もその後の改軌を伴わなかった場合、三重交通から近畿日本鉄道に移管された一部路線を例外として、結局全て廃止されている。

なお762mm軌間からより高規格への改軌を行ったもっとも遅い例は、1962年の同和鉱業小坂鉄道(1067mm化および電化区間の非電化への変更)、1964年の三重電気鉄道三重線(湯の山線区間)(1435mm化。同時に架線昇圧)であるが、前者は大規模な新鉱床発見に伴う貨物輸送能力の強化策、後者は観光開発需要に伴う規格向上であった。

現存例 [編集]
軽便鉄道の規格のままの鉄道は、近鉄内部・八王子線、三岐鉄道北勢線が残るのみである。黒部峡谷鉄道もナローゲージの鉄道ではあるが、これは産業用の軌道が由来であり、広義の軽便鉄道の範疇に入る。

1067mm軌間の大井川鐵道井川線は、もともと762mm軌間の千頭森林鉄道を起源にしており、現在でも軽便鉄道級サイズの特殊な車両・路線規格で運行されていることから、類例に含めることもできよう。

また、これは軽便鉄道そのものではないが、1372mm軌間、1435mm軌間を走る車両であっても、路面電車は車体の大きさからすれば軽便鉄道に近い存在と言え、過去には四日市鉄道で1372mm軌間の路面電車を譲受し、車体はほぼそのままで台車だけ762mm軌間に改軌して使用した事例があった。

産業用としては上記にもある国土交通省立山砂防工事専用軌道が工事用として、黒部峡谷鉄道の支線にあたる関西電力黒部専用鉄道はダムへの資材輸送用に森林鉄道では屋久島の安房森林軌道が現存している。

その他、現在は私鉄線あるいはJR線となってはいるが、歴史を遡れば軽便鉄道として建設された路線は意外に多く存在する。

保存活動ほか [編集]
軽便鉄道については、施設規模や車両の小ささを生かして、各地で動態保存の活動が活発に行われている。

代表的な保存事例 [編集]
北海道遠軽町丸瀬布の森林公園「いこいの森」 蒸気機関車を含む森林鉄道車輌の保存運転
石川県立小松児童会館 旧尾小屋鉄道車両の保存運転
千葉県「成田ゆめ牧場」 羅須地人鉄道協会による蒸気機関車を含む産業用車輌の保存運転
長野県野辺山SLランド 台湾製糖で使用された蒸気機関車や木曽森林鉄道の車両の保存運転
長野県赤沢自然休養林 木曽森林鉄道の保存運転
高知県馬路村 魚梁瀬森林鉄道の保存運転
1971年に廃止になった新潟県の頸城鉄道の車輌のうち数両は、これを譲り受けた熱心な鉄道愛好者によって兵庫県内の山中に長年保管されていたが、2004年にその存在が明らかにされ、大きな反響を呼んだ。現車は新潟県に里帰りしている。

他にも鉱山軌道を利用した紀州鉱山跡の湯ノ口温泉にあるトロッコ列車等のいくつかの保存活用例がある。

遊覧鉄道等 [編集]
その他、遊戯鉄道の部類ではあるものの、福島県伊達市のやながわ希望の森公園やスカイピアあだたら(旧グリーンピア二本松)、千葉県の東京ディズニーランド、、愛知県の愛知こどもの国などには、軽便鉄道規格の鉄道が設けられて蒸気機関車が運行され、往時の雰囲気を偲ばせている。

伊予鉄道では、復刻した軽便鉄道の機関車を、明治時代の松山に滞在していた夏目漱石にちなんで「坊っちゃん列車」として走らせている。牽引車両は当時の蒸気機関車そっくりの外見であるが、現代の都市の路面を走行することからディーゼル動力であり、また軌道は既存の1067mm軌間である。

2009年03月08日

天国のアナクレオンへ

「天国のアナクレオンへ」(英語: To Anacreon in Heaven)は、ロンドンのアマチュアミュージシャンが定期的にコンサートを行っていた社交クラブ、アナクレオンティック・ソサエティの公式ソングであった。同クラブの弁護士、医者、他のプロフェッショナルの面々はギリシャの紀元前6世紀の詩人アナクレオンにちなみ、クラブの名前を付けた。アナクレオンの詩は美少年たちや女人、ワイン、享楽、エロスなどを賛美している。

ソサエティのメンバーだった、ジョン・スタフォード・スミスによって1760年代中盤に作曲、ソサエティの会長だったラルフ・トムリンソンによって作詞された。1778年・1779年、ロンドンの Longman & Broderip によって最初に発表された。
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下品で大酒飲みを歌った歌詞のためにロンドンで人気を博し、また "Adams and Liberty" や "Jefferson and Liberty." と行った愛国的な新しい歌詞を付けて、イギリス、アメリカで流行した。

1814年9月13日に法律家のフランシス・スコット・キーによって、後の1931年にアメリカ合衆国国歌「星条旗」として認識される、「マクヘンリー砦の防衛」の歌詞が創られた。

BBCの「銀河ヒッチハイク・ガイド」のベテルギウス人の死の曲として、変奏された。

歌詞
1
To Anacreon in Heav'n,
Where he sat in full glee,
A few Sons of Harmony
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That he their Inspirer
And Patron would be;
When this answer arrived
From the Jolly Old Grecian:
"Voice, Fiddle, and Flute,
No longer be mute,
I'll lend you my name
And inspire you to boot,
Chorus
And besides I'll instruct you,
Like me, to intwine
The Myrtle of Venus
With Bacchus's Vine."
2
The news through Olympus
Immediately flew;
When Old Thunder pretended
To give himself airs.
"If these Mortals are suffered
Their scheme to pursue,
The devil a Goddess,
Will stay above stairs.
Hark, already they cry,
In transports of joy,
'Away to the Sons
Of Anacreon we'll fly,
Chorus
And there with good fellows,
We'll learn to intwine
The Myrtle of Venus
With Bacchus' Vine.
3
"The Yellow-Haired God
And his nine fusty Maids
From Helicon's banks
Will incontinent flee,
Idalia will boast
But of tenantless shades,
And the bi-forked hill
A mere desert will be.
My Thunder no fear on't,
Shall soon do its errand,
And dam'me I'll swing
The Ringleaders I warrant.
Chorus
I'll trim the young dogs,
For thus daring to twine
The Myrtle of Venus
With Bacchus's Vine."
4
Apollo rose up,
And said, "Pry'thee ne'er quarrel,
Good King of the Gods,
With My Vot'ries below:
Your Thunder is useless"--
Then showing his laurel,
Cry'd "Sic evitabile
Fulmen, you know!
Then over each head,
My laurels I'll spread,
So my sons from your Crackers
No mischief shall dread,
Chorus
While, snug in their clubroom,
They jovially twine
The Myrtle of Venus
With Bacchus's Vine."
5
Next Momus got up
With his risible Phiz
And swore with Apollo
He'd cheerfully join --
"The full tide of Harmony
Still shall be his,
But the Song, and the Catch,
And the Laugh shall be mine.
Then, Jove, be not jealous
Of these honest fellows."
Cry'd Jove, "We relent,
Since the truth you now tell us:
Chorus
And swear by Old Styx,
That they long shall intwine
The Myrtle of Venus
With Bacchus's Vine."
6
Ye Sons of Anacreon,
Then join hand in hand;
Preserve Unanimity,
Friendship, and Love!
'Tis yours to support
What's so happily plann'd;
You've the sanction of Gods,
And the Fiat of Jove.
While thus we agree,
Our toast let it be:
"May our Club flourish Happy,
United, and Free!
Chorus
And long may the Sons
Of Anacreon intwine
The Myrtle of Venus
With Bacchus's Vine."

2009年02月19日

『Dr.スランプ』におけるモビルスーツ

鳥山明著『Dr.スランプ』コミックス第7巻(集英社・1982)「地球最大のバイちゃ!の巻」Part1及びPart2に登場するモビルスーツ「リブギゴ」は、地球侵略に訪れた宇宙人ヨウ・チエン、ホイ・クエン、リボンちゃんの一味が保有する兵器である。宇宙母艦ウルトラヘッドに艦載機の一つとして搭載されており、出撃させた理由は「今流行り」だからとのこと。
ルーズ リング このゆび セラピー マンタ ドッグフ リルック プッシュ ファンド 水晶パート キバナ ピラフ 時の雫 ドリブル トポス ミキシング ちょぼく ラリアン ブログ タティック リューマチ アーミン ラクターゼ ヨットレ ロケア ファイユ ラケット きつおん タービン マドン アルカイ ナビタラワ ブレザー ブルジ オルグゴン トラン ナビロト スキルア クロニ スタン オーバ リスク ドック サイト スティッ きくま パシフ チルバ カツ上 カウボーイ

サイズは宇宙世紀0079年時等のものと大差なく、20m弱。機体名、形状、カラーリング共にゴキブリをモチーフとしているが、頭部のモノアイや胸部に一対備わるインテーク、機体各部に書き込まれたステンシルなど、大河原邦男の確立したモビルスーツの特徴的意匠はしっかりと備わっている。コクピットは腹部にあり、操縦装置は1970年代末の喫茶店によくあったインベーダーゲームのテーブル筐体がモチーフ。武装はビーム兵器の一種「ハイパー・キンチョール・バズーカ」。ホイ・クエンがパイロットを務め、「行って来まーす!」と叫んで発進する。

バンダイから1/144スケールでプラモデル化もされた(商品名「M・Sリブギゴ」)。TVアニメ化の際は著作権上の配慮で登場シーンが全てカットされたが、劇場アニメではカラーリングを紫色、コクピット位置を頭部に変更したうえで登場、スッパマンの故郷オカカウメ星を滅ぼしたとされている。

モビルスーツは基本的に人型をしており、ほとんどは胴部・頭部・両腕・両足を有する。一部にこれ以外の可動部として翼などを有する機体や頭部と胴部が一体となったもの、脚部の代わりとなる移動装置を備えるものもある。

典型的なモビルスーツは胴部に操縦席・動力源(核融合炉などによるジェネレーターやバッテリーなど。詳しくは後述)を有する。これにも例外があって頭部に操縦席を設けたもの(例:ジオング)、脚部にジェネレーターを設けたもの(例:Ζガンダム)、複数の機関を機体胴部に搭載するのでは大型化してしまうため、肩に装備することで大型化を防ぎながらも圧倒的な高出力を実現したもの(例:00ガンダム)のような機種がある。動力源から得られたエネルギーは、パイロットが操縦装置を介して指令した情報によって機体各部に分配伝達され、人体の神経、筋肉に相当する装置によって機体の動作を実現する。宇宙世紀ではフィールドモーターと流体パルスモーター、コズミック・イラでは、バーニアモーターと呼ばれるものがモビルスーツの関節駆動システムとして使われていることがわかっている。

モビルスーツの操縦席はほとんどの場合単座式であるが、まれに複座式のものもある。

宇宙空間で活動するモビルスーツは一種の宇宙船でもあり、乗員の生命維持のために必要な気密機構・生命維持装置等を備えている。戦闘で破壊される危険性が常にあるため、宇宙空間では乗員は通常ノーマルスーツと呼ばれる専用の宇宙服を装着した上で搭乗する(中にはシャア・アズナブルやハマーン・カーンなどのように、ノーマルスーツを着用しないまま搭乗するパイロットもいるが、これはごく少数である)。機種によっては搭乗者の脱出・生存のための機構を備えるものがあり、コクピット全体を脱出装置としたり(例:イジェクションポッド)、コア・ファイターのように小型戦闘機を内蔵してこれを脱出装置とするものもある。

頭部にはカメラ・レーダー等の各種センサーや通信アンテナ等を備えている。文字通りモビルスーツの「顔」であるため、しばしば相手を威圧するような、あるいはヒロイックさを感じさせるような凝った意匠が施されることがある。

腕部は一般に汎用のマニピュレーターとして機能する。戦闘時には種々の武装を必要に応じて持ち替えることでモビルスーツは高い汎用性を獲得している。脚部は歩行装置としてだけではなく大型スラスターを備えた推進装置や降着装置としても機能する。特に宇宙世紀では両腕・両足を動かした際の慣性で機体の向きを変えるAMBACという技術があり、そのためのユニットとしても四肢は重要なものとされている。

胴体背部にはバックパック(富野はその外観から、ランドセルをもじったランドルという愛称でこれを呼んでいた)を備えており、初期の作品においてはメインスラスターを備えるほか予備武装の装着箇所としても使用されている。シリーズが進むにつれバックパックに装着される部品は大型化し、機体を特徴づける重要なポイントともなっている。端的な例としてザクマインレイヤーの機雷散布ポッド、νガンダムのフィン・ファンネル、ウイングガンダムゼロカスタムの巨大な翼、ガンダムXのサテライトキャノン、果てはゴッドガンダムの光輪といったものまで存在する。またストライクガンダムはストライカーパックと呼ばれる複数種類のバックパックを換装することにより、多用な戦況に対応している。西暦のモビルスーツにおいてはバックパックはイオンプラズマジェットやスラスターなどであり、シンプルなものとなっている。ガンダムにおいてもそれは変わらず、特にガンダムエクシアとガンダムデュナメスはGN粒子を放出するコーン型スラスターが露出している。第三世代ガンダムのみならずGNドライヴ[T]搭載機は総じてコーン型の物体が背面から突き出している。4年後の世界においてもそれは変わっていないが、新たに現れたガンダム(世代分類は不明)のバックパックにはスラスターが装備されており、コーン型スラスターは消失している。セラヴィーガンダムにおいては、バックパックとして別のMSを装備するという奇想天外なものとなっており、敵の意表を突いた奇襲が可能。

モビルスーツの操作
ほとんどの作品において、モビルスーツの操縦は左右各一本の操縦桿とフットペダルを中心に、他キーボードなどの補助的な入力装置によってなされている。実際にどこをどう操作すればモビルスーツがどのような挙動を起こすのかまでは設定されていない模様である。スロットルのような操縦桿を押せばモビルスーツが立ち上がったり、飛び上がったり、あるいはなにかしらの前向きな動きを見せるといった演出が見られることが多い。

そのため、モビルスーツの操縦をモチーフとしたコンピュータゲームにおいては作品ごとに様々な解釈が見られるのだが、ファースト放映直後の文献ではモビルスーツの動きは、あらかじめ各局面に最も適切なパターンが教えられることによって決定付けられており、パイロットはその局面に応じて最も適切な稼動パターンを選択することで戦い、なおも実戦で得たノウハウを愛機のコンピュータにプログラミングする、といった解説がなされていた(宇宙世紀における教育型コンピュータの定義)。

またモビルスーツパイロットについては、しばしば訓練を受けていない素人がいきなりそれなりにモビルスーツを乗りこなしてしまうケースが見られる(例えばアムロ・レイ、キラ・ヤマトなど)。こういった人々は例えばニュータイプのような第六感とも言える特殊な感覚を持つ人々であったり、あるいはコーディネイターのような特に優れた資質を持った人々であることが多い(そして彼らはたいがい主人公である)。

宇宙世紀においては、スラスターの噴射からモビルスーツの指の動きまでの全ての操作を、アームレイカーと呼ばれる球状のコントロールスティックにより行うことができるという。また、サイコ・コミュニケーターにより操縦をサポートしている機体も存在する。

未来世紀においてはモーションキャプチャに似たシステムを用い、コクピット内の操縦者の動きをトレースすることでモビルファイターを動かすモビルトレースシステムが実用化されている。

アフターコロニーのウイングガンダムゼロには「ゼロシステム」というシステムが装備されていた。これはシステム自身が必要な判断を下すものであるが、システムの方が操縦者を制御してしまうという危険な代物である。

コズミック・イラのモビルスーツは、シナプス融合による神経接続によって操縦を補助されている(コーディネイターが人型兵器を創ったのも、身体能力に優れる彼らが、その身体能力を直接活かすため[要出典]だという)。コーディネーターの身体能力を基準に造られたザフト製のモビルスーツは、大半のナチュラルでは元々戦闘における運用実績が無いこともあって操作が困難であった[3]。そのため地球連合軍はストライクガンダムの実戦データをもとにナチュラルでも操作できるモビルスーツのOS(オペレーティングシステム)を開発するまで、モビルスーツ普及に支障をきたすこととなる。他の世界観のモビルスーツも人工知能などによる操作補助がなされているとされるが、コズミック・イラ作品群では特にOSなどを重要な要素として描いている。

モビルスーツの動力および推進源
正暦以前のモビルスーツ
宇宙世紀作品群においてはミノフスキー物理学を応用した「ミノフスキー・イヨネスコ型熱核融合炉」が動力源とされる。このためロケットノズルの推進剤を除く機体そのものの稼働時間、航続力は極めて長大であり、作戦行動上は事実上無制限といってよい。燃料を構成するヘリウム、セシウム5等は木星で採取され、「ジュピトリス」等の輸送船団によって定期的に地球に運ばれてくる。

ちなみに、アムロが初陣でザクIIの動力炉をビームサーベルで斬ってしまったために大爆発が起こり、コロニー外壁にダメージを与えてしまった描写があるが、現実の熱核融合炉では原理的に、核分裂で爆発する原子爆弾で核融合を起こす水素爆弾と異なり、放射性物質が飛び散る危険性はあるものの破壊や暴走による爆発の危険は無く、核融合が停止するだけである。劇中ではサザビーやV2ガンダムが戦闘中にパワーダウンを引き起こす描写がある程度である。

『ガンダムX』では15年間放置されていたガンダムXが、手入れ無しで特に支障なく一通りの戦闘をこなしていた。さらに『∀ガンダム』に至っては、どれほどの期間土中に埋もれていたのかわからない(7800年程度)モビルスーツがそのまま稼働しているが、これはすべての機体が半永久機関を搭載しているという設定である。中でも人類の文明が最も栄えた時代に作られたといわれている∀ガンダムやスモーは、縮退炉(いわゆるブラックホールエンジン)が動力源となっており、もはやスーパーロボットと言っても過言ではない域にまで達している。

コズミック・イラのモビルスーツ
これに対して、コズミック・イラ作品群においてはモビルスーツの動力源やその運用可能時間は重要な問題となっている。コズミック・イラ71年当時のモビルスーツは、宇宙世紀のモビルスーツとは違い核融合炉は実用化されておらず、ザフトの散布したニュートロンジャマーによって核分裂反応炉が使用不可であるため、ほとんどの機体がバッテリー駆動である。そのため機体の稼動時間制限や母艦との連携が非常に重要なファクターになっている。劇中でも多くの機体、取り分けビーム兵器やPS装甲等の高出力の装備を有する機体は幾度となくバッテリー切れによる帰艦を余儀無くされている。一方、宇宙世紀のMSにも言えるが、推進剤切れによってMSが帰艦するような描写は無い。

後に、ニュートロンジャマーを無効化するニュートロンジャマーキャンセラー(劇中では「Nジャマーキャンセラー」と省略され表現される)を搭載することにより、核分裂エンジンを使用することが可能になったモビルスーツも登場する。それらのモビルスーツは、バッテリー駆動の機体では稼働時間を考慮して搭載できないような大出力の兵器を使用することが可能であるため、他のモビルスーツと比較して格段に戦闘力が高い。

第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦終結後、ユニウス条約により核エンジンの軍事目的に於ける使用が禁止されたため、コズミック・イラ73年(『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』)において、ザフトは母艦からモビルスーツに無線で電力を供給できるデュートリオンビーム送電システムを開発、インパルスガンダムを始めとする「セカンドステージモビルスーツ」に採用される。ただし、この頃オーブにおいて核エンジンを動力とするフリーダムガンダムがそのままの状態で復元され、実戦でも使用されているが、作中でこの件が問題にされたことはなかった。なお、小説版『SEED DESTINY』では「戦後の混乱の最中、フリーダム、ジャスティスに関する資料はすべて破棄された」とある。SEEDの劇中でもフリーダム、ジャスティスが核エンジンを搭載していることはザフト内でも秘匿されていたような描写が見られる。

この頃地球連合軍が強奪したガイアガンダム等のモビルスーツは、地球連合軍にデュートリオンビーム送電システムのノウハウや設備が無かったため、バッテリーのみでの駆動で運用されていた模様である。その後、地球連合軍の核攻撃などでユニウス条約が事実上形骸化したため、核エンジンとデュートリオンビーム送電システムのハイブリッド化によって出力と持続時間の強化が図られ、デスティニーガンダム等ザフトの新型モビルスーツに搭載された。クライン派のストライクフリーダムガンダム等も、このハイブリッド機構により従来の数倍の出力を得ることに成功している(しかし、核エンジンを搭載してるにもかかわらずデスティニーガンダムはエネルギー切れの描写がある)。

現実世界の原子力発電は核の熱で湯を沸かしてタービンを回すことにより行われ、また(長寿命ではあるが大出力は期待できない)原子力電池も人工衛星や無人探査艇に使用されているが、コズミック・イラ世界の原子炉ではMHD発電によって炉からのエネルギーを電力に変換しているらしい。しかし、コズミック・イラの世界において、モビルスーツに対し電力を供給する側である艦艇の動力源が何であるかは謎のままであり、核融合動力が存在しない世界であるという設定にも関わらず、推進器が熱核ジェット(ロケット)エンジンの核融合エンジンであるとする説もある。

西暦のモビルスーツ
西暦(機動戦士ガンダム00)にてCBが所有するガンダムには太陽炉(以下GNドライヴ)という半永久機関が搭載され推進・動力供給・防御・ジャミングを一手に担う。これにより各国が所有するMSを遥かに上回る能力を持つ。 一方、各国のMSの動力源については詳しく言及されていない。但し、内燃機関や太陽光発電を利用した外部電源方式を採用しているものがある。後に、30基の擬似太陽炉(以下GNドライヴ[T])とそれを搭載する機体(GN-X ジンクス)がユニオン・人類革新連盟・AEUに提供されCBのアドバンテージは消失した。

これら2種類のGNドライヴの大きな違いは発生するGN粒子の特性と稼働時間の有無、生産性の違いが上げられる。GNドライヴは「トロポジカル・ディフェクト」と呼ばれる現象を稼働原理としており、活動時間はほぼ無限の半永久機関となっている。反面生産性は皆無でGNドライヴの製造には膨大な時間(小説版では20年かかったといわれている)と木星などの高重力下での環境が必要とされる。また、通常の3倍以上の機体スペックを発揮するトランザムシステム(TRANS-AM)がGNドライヴのブラックボックスに搭載されている。しかし発動中はGN粒子を大量消費するため発動後の機体性能が大幅に低下するというデメリットが存在する。

第二世代の段階でGNドライヴを2基搭載するツインドライヴシステムの構想は存在したものの、機体の大型化を招くのと安定度の不安から実現しなかったが、後にイオリア・シュヘンベルグによってトランザムシステムとともにヴェーダから情報がプトレマイオスへ送られており、時を経て00ガンダムに採用されることとなる。00ガンダムのGNドライヴは両肩に搭載され、右肩がOガンダムの、左肩がエクシアのGNドライヴとなっている。これにより機体大型化の懸念はなくなったほか偏向スラスター的な役割も果たしたり、GN粒子を放出することでビームを防ぐ機能を獲得していた。オリジナルのGNドライヴが発生させるGN粒子は青白い光を発する。

これに対しGNドライヴ[T]は、電力によりGN粒子を発生させるといういわばGN粒子変換器で、活動時間が有限であるが出力に関しては同等の能力を持っている。また生産性も高く30基以上存在している。スタッフの言及によると、粒子をドライヴから放出しているだけなら特に汚染能力はないらしく、ビーム兵器に使用する高圧縮GN粒子のみ汚染能力が発生するようである。疑似GNドライヴが生成するGN粒子は真紅(アルヴァトーレやアルヴァアロンが発する粒子は金色)の光を放つ。このGN粒子の放つ光の違いから、GN粒子の光だけでどちらのドライヴを搭載しているかは識別可能である。

オリジナルのGN粒子もある特定条件下では強い毒性を発現させる性質があり、本編から15年前のCBで起きた事故ではルイード・レゾナンスとマレーネ・ブラディがガンダムプルトーネに乗るシャル・アクスティカを助けようとしてGN粒子を大量に浴びたために死亡、シャルもその毒性により髪の色が銀白色に変わり、そのほかにも左目の虹彩が変異してしまった(これらは粒子の影響なのか定かではないが)。この毒性に関してはCBの医師であるJBモレノが研究していた。

推進剤
上記のようにコズミック・イラ作品群以外のガンダムシリーズにおいては、特殊な技術で確立した動力を搭載しておりあまり問題とされないのに対し。MSは機体本体の動力以外に、スラスターやロケットモーターをいくつも装備している。これらは何らかの化学燃料の燃焼、噴射によって推力を得ているのだが、コズミック・イラや宇宙世紀の世界観では、石油を初めとする化石燃料資源が遠の昔に枯渇したことになっている。これに伴って、コズミック・イラでは(ニュートロンジャマーで阻害されるまでは)発電所や軍艦のエネルギー源が専ら原子力になっている。

コズミック・イラにおいて航空機のジェットエンジン、艦船のガスタービン、そしてMSのスラスターの燃料は何なのかという素朴な疑問が湧いてくる(この疑問は宇宙世紀を初めとする他のシリーズにも当てはまる)のであるが、これについて設定担当の森田繁は、「何を噴射して推進剤にしているかは決めていないんです」(竹書房パーフェクトアーカイブのインタビュー)と答えている。

これに当てはまらないのが西暦のモビルスーツで、CBの所有するガンダム以外のモビルスーツは水素や電気を推進剤としている。フレームに浸透させることで燃料を確保するという、かつてない斬新なアイデアである(ユニオンの機体)。また、太陽光発電システムから直接電力を受信することでエネルギーを得る機体も存在する(AEUの機体)。一方の人類革新連盟のティエレン宇宙型やティエレンタオツーは燃料タンクを装備しているなど技術的には古いといえるが、水を燃料とするなど他国とあまり変わらない。CBの支援組織「フェレシュテ」が保有するガンダムの一機、ガンダムアブルホールもGN粒子を噴射するGNバーニアと水素を燃料とするプラズマジェットを使い分けることができる。

モビルスーツの武装
火器類
モビルスーツの武装は、大きく分けて実在の歩兵用火器をモビルスーツ大に大型化したものと、ビームライフルに代表されるビーム兵器など架空の兵器とに分けられる。ビームライフルやメガ粒子砲などはミノフスキー粒子を圧縮して打ち出す武器で、MSのほとんどはこの武器を通常装備としている。火薬を使用した火器は確実さとエネルギー消費の少なさから、ビーム兵器は破壊力と弾速から用いられる。宇宙世紀においては特にメガ粒子によるビームが用いられる。他にもレールガンが使用されることもある。形態としてはマシンガン・アサルトライフル・スナイパーライフル・バズーカに似たものが多い。生物よりも遥かに強靭なボディを持つモビルスーツは、人間なら両手でなければ到底保持できないようなバズーカなども片手で軽々と扱うことが出来る。

また、手持ちの火器とは別に、小型(と言っても数十ミリ口径のものにはなるが)の機関砲やバルカン砲を内蔵火器として装備しているモビルスーツも多数存在する。これらの火器は頭部や胸部に設置されることが多く、主にCIWS(迎撃・防御用兵器の一種)として使用される。ちなみに、ガンダム、ガンキャノン、GM等に搭載されているバルカン砲は口径60mm、発射速度は毎分500?2000発程度であるという。

この他、機種によっては固定火器として大砲(キャノン砲)や大型ビーム砲、ロケットランチャーなどを装備している場合もある。中にはこうした大型火器の運用を主目的とした、自走砲的な運用がなされるモビルスーツも存在している(例としてガンキャノン・ガンタンク)。これらは一般に支援モビルスーツなどと呼称される。

宇宙世紀では一年戦争の頃には多くのバリエーションが見られるが、機体の万能化により次第にその姿を消していく。コズミック・イラでは汎用モビルスーツのバックパックを砲戦仕様のもの(代表例としてはストライクガンダムのランチャーストライカー、ザクウォーリアのガナーウィザード、ダガーLやウィンダムに装備可能なドッペルホルン連装無反動砲などがある)に換装することで支援機体としての運用性を確保する方法が一般的であるため、換装システム確立以前の機種であるザウートとその後継機であるガズウート、バスターガンダムとその量産型バスターダガーやカラミティガンダムを除けば、支援モビルスーツという分類のモビルスーツ自体がほとんど存在しない。

格闘武装
白兵戦用に剣・ナイフ・斧や槍などをモビルスーツ大にし熱や高周波で破壊力を増したもの、あるいはビームサーベルのように刃をビーム化したものが使用されることがある。細かい関節が集中するマニピュレーター(手)で拳を作り殴りつけることは、『機動戦士Ζガンダム』以降は少数の例外を除いて行なわれなくなったが(例えば、『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』では、武器を使い果たしたνガンダムがサザビーを素手で殴りつける描写があるが)、未だスーパーロボットの性格を残していた『機動戦士ガンダム』においてはガンダム、ザク、ドムなどの立派な戦法として通用していた事実がある(それどころか、初期設定ではザクI はショルダーアタックを代表とする格闘能力のみで戦うことになっていた。また、機動戦士ガンダム劇場版特別編において、ガンダムが素手でザクIIのマルチプルノズルを引きちぎる描写があった)。この戦法が姿を消したのは、派生的作品であり、よりメカニックの現実的描写の深められた『機動警察パトレイバー』、『ファイブスター物語』などのエピソードからのフィードバックであろう(一方、ライフルのストックで殴りかかるという現実の歩兵戦で多用されている戦法も『機動戦士Zガンダム』以降は全く使われなくなった)。また、水陸両用モビルスーツの多くは水中行動時の水の抵抗を避けるため、マニピュレーターの代わりに固定式の格闘武装(大抵は巨大な爪)を装備していることが多い(爪の他にも、ロケットランチャーやビーム砲を腕部に内蔵しているケースも頻繁に見受けられる。従って大抵の場合、こうしたモビルスーツの腕部は「手」としての機能を成さない)。特殊な例としてはグフに装備されたヒートロッドが存在するが、装備した機体の種類は少数に留まっている。その一方で、ショルダーアタック戦法は根強い人気を持ち、エナジーを浪費しないスパイクアーマーの伝統は、マラサイからギラ・ドーガ、デナン・ゾンへとその無骨な外観とともに継承されている。

『Gガンダム』の未来世紀で行われているガンダムファイトでは格闘家がモビルトレースシステムを用いてモビルファイターを動かすことから、他の世界観のモビルスーツと比べて格闘戦用の武装を用いる割合が非常に高い。例えばシャイニングガンダムのシャイニングフィンガーやゴッドガンダムの爆熱ゴッドフィンガーなど、手そのものを必殺の武器にしてしまうケースもある。他のモビルファイターも、他の世界観では見られないような奇抜な武装を数多く用いている。一方他の世界観でもジ・Oやセラヴィーガンダムの隠し腕やデスティニーガンダムの掌部ビーム砲「パルマ・フィオキーナ」など、意表を突く格闘用武装を持つケースはある。

遠隔操作兵器
宇宙世紀作品群には、ミノフスキー粒子存在下でニュータイプの強力な感応波によって遠隔操作を行うサイコミュという技術が開発されている。これによりビットやファンネルと呼ばれる遠隔操作用小型兵器が生まれた。また、ニュータイプではない人間(オールドタイプ)でも扱えるようにした、有線式のインコムも存在する。(ただし、射程・動きの精密さ等で劣る)「ガイア・ギア」の時代では、ニュータイプ能力を持たない人間にでもファンネルが使用できるほどに技術が進歩しているが、肉体的・精神的に凄まじい負担がかかる事を覚悟せねばならない。これらは機体から射出・操作し、多数の敵を同時に攻撃したり、逆に一体の敵を死角から取り囲んで集中砲火を浴びせるなど、オールレンジ攻撃を行うことが出来る。『ガンダムX』にも同じような技術「フラッシュシステム」が存在するが、単なる小型兵器を操るだけでなく、機種によってはビットモビルスーツという無人モビルスーツを遠隔操作出来る。

コズミック・イラではドラグーンシステムやガンバレルといった遠隔操作兵器が登場するが、これらは感応波ではなく無線(量子通信)ないし有線で操作される。しかし操縦者にニュータイプに似た超人的な空間認識能力を要求するため、限られた人間にしか扱えなかった。しかし、後にシステムに改良が加えられ、ある程度の普遍化に成功している。

防御
宇宙世紀作品群では、モビルスーツの防御は試行錯誤の繰り返しである。一年戦争期のザクなどでは標準装備の装甲による防御が行われたが、ガンダムなどが装備するビームライフルの出現で苦戦を強いられた。そのためガンダム登場以降、勢力を問わず盾による防御が行われ、ビーム攻撃によるダメージを防いでいたような描写が観られるが、後述のごとくバリア的装備はこの頃小型化に成功しておらず、劇場版においては対ビーム防御シーンは削除されている。ガンダムNT-1のように追加装甲を試みたものもあるが、一般化していない。やがてビームライフル等のビーム砲をほとんどのモビルスーツが装備するようになると、桁外れの弾速と破壊力の前にほとんどの装甲が役に立たなくなってしまった。百式に施された金色の対ビーム装甲のような例も試みられた(しかし、この装甲はビームがかすった際のダメージを軽減させる程度しかなく、機動戦士Zガンダムの最終話において、キュベレイのファンネルが放ったビームで大破している)。が、第2・第3世代モビルスーツではそれよりもモビルスーツに高い機動性を持たせてビームをかわす戦法が採られるようになった。グリプス戦役末期からは装甲材の強度が向上し、インコム等の小型のビーム砲や拡散したビーム程度であれば、一定レベルの防御が期待できるようになった。このため、第一次ネオ・ジオン抗争期以降はモビルスーツの重装甲化が進んでいる。いわゆるバリアに相当するIフィールドジェネレーターは一年戦争期には存在していたが、巨大な機器と莫大なエネルギーを要するためにながらく大型のモビルアーマーに装備されていたのみであった。後に第2期モビルスーツではIフィールドジェネレーターのモビルスーツへの搭載が試みられたが一部の機体に搭載されたのみで、その後はビームシールドが一般化するようになる。

コズミック・イラではフェイズシフト装甲(通称・PS装甲)という機構によってモビルスーツ表面の装甲を強化する手法が採られている。しかし大電力を消費する上、エネルギー切れが装甲色の変化で露呈する欠点を抱えるため、これもトランスフェイズ装甲(通称・TP装甲)やヴァリアブルフェイズシフト装甲(通称・VPS装甲)といった改良を加えた試行錯誤が見られる。 尚、これらPS装甲系のシステムは、モビルスーツ程度のサイズでは実体弾にしか通用せず、ビーム兵器には対抗できないため、着弾したビーム射撃兵器のビーム弾を熱に変換して排熱し、ビーム射撃兵器の無力化を図ったラミネート装甲というものも地球連合の手で開発された。こちらは一部の新型艦艇の他、モビルスーツではザフトが開発したフリーダムガンダム、ジャスティスガンダムの耐ビームシールド、連合の制式機ダガーの胴体周囲に採用された。だがこちらも、実体弾に対しては通常装甲程度の防御力しか期待できない、排熱機構が破損すると装甲全体、ひいては船体・機体自体が致命的なダメージを被るなどの弱点があり、完璧な装甲となるには至っていない。

その他の対ビーム防御法としては、早い時期から対ビームコーティングを施した携帯型シールドが開発され、以降ほとんどのモビルスーツに標準採用されている。特殊なものとしてミラージュコロイドを用いた光学迷彩や、その技術を応用したフォビドゥンガンダムのビーム偏向装甲「ゲシュマイディッヒ・パンツァー」、ユーラシア連合がハイペリオンガンダムに搭載したモノフェーズ光波防御シールド「アルミューレ・リュミエール」が登場。コズミック・イラ73年の大戦では陽電子リフレクターを装備した大型モビルアーマーが登場したほか、一部最新鋭機はビームシールドや、アカツキの対ビーム防御・反射システム「ヤタノカガミ」などの特殊な防御システムを装備している。

西暦ではシールドを、一般的な装甲Eカーボンを複数に重ねている設計である。また、CB所有のガンダムにはGN粒子を圧縮展開をすればビームバリアに近いGNフィールドを機体の周辺に展開する。

そのほかの兵器
現実世界において中?遠距離兵器として頻繁に用いられるミサイルは、(モビルスーツで白兵戦を行う意義の関係からか)モビルスーツ用の主武装としてはあまり用いられない。特に宇宙世紀作品群においてはミノフスキー粒子によって、コズミック・イラ作品群においてはニュートロンジャマーによって、レーダーが使えなくなっている場合が多いため、ミサイルが使用可能な状況が限られてしまっているためである(このミノフスキー粒子やニュートロンジャマーという存在自体が、モビルスーツによる白兵戦を必然のものとするために創作されたものである)。ただし、小型のミサイルを固定火器やオプション武装として装備しているモビルスーツは、世界観、時代を問わず比較的多い。

まれに戦略兵器として、核兵器あるいはこれに匹敵する破壊力を持った兵器がモビルスーツによって運用されることがある。宇宙世紀では一年戦争初期にザクIIC型が核を運用したが、後に南極条約によってこの種の大量破壊兵器の使用が禁じられた。しかしガンダム開発計画においてガンダム試作2号機が核攻撃用モビルスーツとして開発され、デラーズ・フリートによって核弾頭ごと強奪されたあげく実際に連邦軍艦隊への襲撃に使用されてしまった。『∀ガンダム』では核弾頭が禁断の兵器として発掘されるが、小惑星の都市への落下を阻止するために∀ガンダムによって使用される。また、『SEED DESTINY』にあっては、地球連合軍がウィンダムに核ミサイルを搭載しプラント攻撃を図ったが、これはザフトのニュートロンスタンピーダーによって阻止されている。核以外でも化学兵器の一種として毒ガスが、一年戦争初期のコロニー攻撃などにおいてモビルスーツによって使用されている。

特殊な兵器としてはマイクロウェーブによるエネルギー伝送を利用したガンダムXのサテライトキャノン・ガンダムDXのツインサテライトキャノン。ナノマシンによって周囲の物体を分解してしまう∀ガンダムおよびターンXの月光蝶が挙げられる。ガンダムヴァーチェの装甲をパージした姿、ガンダムナドレにはCBのメインコンピュータ「ヴェーダ」とアクセス可能な機体を支配下にするトライアルシステムがあげられる。これらは単機で戦局や地形を変えるほどのすさまじい力を有すると共に、それぞれの世界観そのものと直結した存在でもある。

モビルスーツの運用・補給・支援
モビルスーツは専用の整備設備を持つ基地、あるいは同等の機能を有する宇宙戦艦や宇宙空母などの艦艇での運用が前提となっている。後者の例としては『機動戦士ガンダム』のホワイトベース、ドロス、『Ζガンダム』のアーガマ、『逆襲のシャア』のラー・カイラム、『ガンダムSEED』のアークエンジェルなどが挙げられる。これらはモビルスーツを発進させるためのカタパルトや着艦のためのデッキ、および整備のための諸設備を備えている。

また、モビルスーツ単体では機動力が不足する場合(特に大気圏内)、サブフライトシステムと呼ばれる補助移動手段を使用することがある。これはモビルスーツを上に搭載する航空機類であり、同様の支援兵器としてモビルスーツと合体して機動力を増強するものもある。

モビルスーツによる大気圏再突入が行われることもある。『機動戦士ガンダム』において、ガンダムは大気圏突入を余儀なくされた状況で耐熱フィルム(テレビアニメ版)あるいは耐熱エアフィールド(映画版)で機体を守り無事生還したが、何も無しで突入したザクはあっけなく燃え尽きてしまっている。『機動戦士Ζガンダム』においては、一般のモビルスーツにバリュートというパラシュートとエアバッグを組み合わせたような装置を装着・展開することで大気圏突入を行っているが、ガンダムMk-IIはスペースシャトル型の盾のようなフライングアーマーの上に乗って、Ζガンダムは自身が変形し背中の翼と盾とを組み合わせることで機体を守っている。ウイングガンダムゼロカスタムは巨大な翼で全身を包み込むことで、ガンダムダブルエックスはGファルコンと合体することで、大気圏突入が可能になる。CB所有のガンダムはGNフィールドを圧縮展開をすれば単機で大気圏突入が可能となる。また漫画版限定ではあるがクロスボーン・ガンダムがビームシールドでの大気圏突入を行っている描写があるが、本来想定されている運用方法ではなく、扱いとしては事故に近い。

モビルスーツも兵器の一種である以上、推進剤や弾薬の補充や機体のこまめな整備が欠かせない。それらが得られない場合、モビルスーツの運用には少なくない支障を来す。ホワイトベースは当初孤立状態で満足な補給を得られず苦労していたし、『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』ではやはり補給不足でなにかと苦労する前線の様子が描かれている。『Ζガンダム』ではエゥーゴが捕獲したガンダムMk-IIの3機のうち1機が解体されて交換パーツにされてしまっている。ジオン側も、量産機とはいえザク一機でも補給・整備には手間がかかり、開戦当初の優勢を維持できなかったのも戦線の拡大に補給が追いつかなかったためであるとされる。このため、勢力下であっても現地住民の敵対心を煽るような行為を避ける傾向がみられた。前線で支援を受けられない兵は、生身によるゲリラ的な攻撃をしかけることもあった。

もっとも正規の補給が受けられない状況でもどうにかしてしまうケースは結構ある。『ガンダムSEED』では、連合やプラントから離反した艦艇が結集した三隻同盟はジャンク屋ギルドを通じて補給をまかなっていたし、『ガンダムX』のバルチャー達に至っては、自身のコネを使った独自の補給ルートを構築したり、ありあわせのジャンクパーツでモビルスーツを修理・改造強化したり、さらには新しい武器やモビルアーマーまで作ってしまっている。また『ガンダムW』ではレジスタンス的な後方支援に加えて、機体構造の共通化による整備性の向上、パイロット自身で資材調達・改修を行う技術の訓練により戦力を維持していた。特異な例として、『∀ガンダム』では過去の遺物であるMSや装備品を発掘して運用しており、それらの中にはナノマシンによる自己修復機能を持つMS(∀ガンダムなど)も存在していた。

モビルスーツの耐用年数
モビルスーツの耐用年数は、長くて10年程度である。「百年先でも使えるように」との願いが込められた百式も、結局はグリプス戦役及び第一次のネオ・ジオン戦争で用いられたのみだった。

これは、ガンダムのストーリーが、大規模な戦争の最中であることに起因している。兵器の性能が2~3年で刷新され、一方で現用兵器が前線で消耗している状況にあっては、1機種あたりのモデル寿命は短くなる。これは、近代戦以降の航空機や戦車と同じである。

例外として、『逆襲のシャア』に登場したジェガンとその後の系列機(ヘビーガン、ジェムズガン、ジャベリン、フリーダム等)、『ガイア・ギア』に登場したゾーリン・ソールが挙げられる。ジェガン系列は、比較的争乱の少ない時期に配備されていたため、モデル寿命が大幅に伸びていた。ゾーリン・ソールは、(度重なる改修を施されながらも)堅実な基本設計により、100年近く経った時代において第一線で活躍していた稀有な機体である。また、三大勢力による冷戦状態であるがCB出現まで比較的平穏であった西暦(ガンダム00)では、従来シリーズと異なり新型機開発に10年以上の時間が掛かるとされており、ヘリオン、リアルド、ティエレン、アンフといった機種は就役してから10年以上主力として運用されている。CBでも支援部隊としてフェレシュテが2307年時点で15年前に開発された第2世代ガンダムを運用し、その行動をサポートしている。さらに特殊な例では、∀ガンダム等の発掘された黒歴史の機体は、ナノマシンの修復機能により幾世紀にも及ぶ年月を経てもなお、その機体性能を保っている。

2009年02月03日

宇都宮(うつのみや)氏は日本の氏族

宇都宮(うつのみや)氏は日本の氏族。摂関家藤原北家道兼流を称する大族。下毛野氏、中原氏の流れを汲むともいわれる。通し字は「綱」
オーナー スキャン マカダミ プレリ トリニダード ジャタン ミヤコサ コビット ラトビア ギナー サイプ シャッフル ネイル ガイア コナ最適 ネバダ ナビミュ 猫物語 たてにしき オート セネガ フローズン スーパ 秋のメルヘン ゼルオー ハルツーム はっく ハードル イタリック サクセス シャーク シート ハイオ キッチュ ロール シアーズ アカマ ジルバ サーズ リバー テーマ ディアム クッパ ねこふん ノーモア フェーズ プレイ さかい ファイ ビタミン

藤原氏一族の藤原北家の藤原道兼の曾孫を称する[1]藤原宗円が、源頼義、義家の奥州安倍氏討伐(前九年の役)での功により宇都宮(現・栃木県宇都宮市二荒山神社の別称)別当職に任じられ、宗円の孫の宇都宮朝綱から苗字(名字)として宇都宮氏を名のる。しかし『宇都宮市史』や『姓氏家系大辞典』では、宗円を藤原道兼の子孫とするのは後世の仮冒で、宇都宮氏は中原氏の出、あるいは古代の毛野氏の後裔と想定している。ただし現在の通説では、藤原宗円の子の中原宗房の中原姓とは宗房の母方の姓で、母方の中原氏が藤原宗円の子種を育てたということであり、毛野氏説についても、毛野氏の女が藤原氏の子種を産んだとされ、中原宗房は、母方の中原の家を継いだことから家系上は中原氏だが、藤原宗円の子ということで血筋(男子血統)は藤原氏とされている。[要出典]

宇都宮氏嫡流(下野)
宇都宮氏は下野国が本貫であったため、各地の庶流に対してしばしば下野宇都宮氏といわれることもある。下野国一之宮名神大社であった宇都宮二荒山神社座主および日光山別当職等を務め、紀清両党を率い22代・500年に亘って下野国、さらには日本国土の治安維持を司った名家。国司や守護も歴任し、現在では戦国大名とも評されている。

源頼朝をして「関東一の弓取り」と言わしめた宇都宮朝綱は第3代宇都宮氏当主である。また第5代宇都宮頼綱(藤原頼綱)は武人で奥州藤原氏討伐にも功績があったが、鎌倉幕府から謀反の嫌疑をかけられたのを機に法然に帰依して出家、実信房蓮生と号して京に隠棲して宇都宮歌壇を確立した。京都嵯峨野の小倉山麓の庵に住まい、その襖色紙には親交があった藤原定家によって選じられた首歌が書かれ、これが小倉百人一首の起源として伝統文化に受け継がれている。浄土宗を信仰した頼綱は、京常盤、桐生、宇都宮に念仏堂を建立し、現在もそれぞれ入逢山西方寺、梅田山西方寺、芳宮山清巌寺に受け継がれている。頼綱は幕府から許された後の1215年には園城寺(現在の三井寺)再建に尽力し、その功によって伊予国守護に任じられた(1220年頃?1235年頃)。

鎌倉時代中期、第8代宇都宮貞綱は元寇の際、鎌倉幕府による討伐軍の総大将として九州に赴き、これに勝利すると鎌倉幕府引付衆に任じられた。貞綱は亡母の13回忌に全国的にも珍しい巨大鉄製塔婆を奉納した(宇都宮市清巌寺蔵:国の重要文化財)と言われている。

鎌倉時代後期に河内国で楠木正成らが挙兵すると、第9代宇都宮公綱は討伐軍に参加するが、幕府滅亡後に後醍醐天皇の建武の新政がはじまると雑訴決断所を務める。足利尊氏が鎌倉で新政から離反した後も公綱は南朝方として動いたが、子の10代宇都宮氏綱は足利氏に属した。足利家の内紛から発展した観応の擾乱では尊氏方に就いた氏綱が武功を上げ、尊氏の意向で下野・上野・越後国守護職を務め、北関東での支配的地位を磐石なものとした。ところが、尊氏が死ぬと鎌倉公方であった足利基氏(尊氏の子)は自分の腹心でありながら観応の擾乱では尊氏と敵対した前上野・越後守護職上杉憲顕を強引に関東管領に復帰させた上に、上杉憲顕が上野・越後守護職を氏綱から強引に返還させようとして氏綱がこれを拒むと、基氏は関東管領への反抗を理由に氏綱を追討した。宇都宮氏には引き続き下野守護職が残されたものの、鎌倉公方の理不尽な方針に不満を抱かせ、室町幕府直属の京都扶持衆に加わって鎌倉公方に対して抵抗を続けながら勢力挽回を図った。

戦国時代末期には戦国大名となり将軍家足利氏の弱体化に伴って関東に台頭した北条氏と対峙した。天正18年(1590年)豊臣秀吉の小田原城攻撃で北条氏が滅亡し、宇都宮氏は下野国18万石の所領を維持した。宇都宮国綱は1592年の朝鮮出兵にも参陣し、帰還後は豊臣姓を賜り従五位下に任じられたが、1597年、突然改易され備前国配流となり、1608年に江戸浅草の石浜で失意のうちに病死する。これにより、22代・500年に亘って繁栄した関東の名門・宇都宮氏は歴史の表舞台から去ることとなった。

改易の理由は、太閤検地の為に派遣された浅野長政に石高不正を訴えられたことや、浅野長政の2男・長重と宇都宮家の養子話のこじれがあった等と言われている。また一方では国綱が関ヶ原合戦で東軍に組するのを拒んだためとも言われている。

傍系として、常陸国守護小田氏や、三河国の出身で江戸時代には徳川家譜代大名として小田原を治めた大久保氏が祖と仰ぐ武茂氏がいる。

宇都宮氏庶流(豊前、筑後、伊予)
宇都宮庶流としては藤原宗円の次子である中原宗房が豊前国仲津郡城井郷に地頭職として赴任したことが豊前宇都宮氏の始まりといわれる。その子、宇都宮信房は豊前守に任じられて九州豊前国に下り、一時期は築城郡の本城城を拠点として、宇佐、筑城、下毛、仲津、田川など各郡に庶家を配し、その子の宇都宮景房は九州平定の功により、景房の子の宇都宮信景は源頼朝から、幕府評定衆、九州四奉行に任じられ、九州の武士を統括したこともあった。豊前宇都宮氏7代宇都宮冬綱(城井冬綱)が城井氏の祖となる。

また宇都宮庶流としては、筑後国に勢威を張った筑後宇都宮氏が知られる。宇都宮氏第8代(宇都宮朝綱を初代とすれば第6代)当主宇都宮貞綱(元寇の時に討伐軍総大将)とともに九州に同行し、筑後国山門郡大木を拠点とした貞綱の弟である宇都宮泰宗の子孫が直接の始祖である。すなわち、泰宗の子の宇都宮貞泰は、南北朝時代に四国伊予国に勢力を保ち、南朝の懐良親王と共に城井氏の拠点の豊前国仲津に移ったが、北朝方の豊前宇都宮氏に対して、南朝方で肥後国八代に移った宇都宮貞泰の次男の宇都宮貞久が始まりとされる。この貞久の孫の宇都宮久憲が筑後十五城筆頭の宇都宮氏系蒲池氏の祖となる。

また、四国伊予国の伊予宇都宮氏は伊予守に任じられた宇都宮豊房が始祖である。豊房は豊前宇都宮氏7代となった宇都宮冬綱(城井冬綱)の弟であった。ちなみに、冬綱は宇都宮氏第9代当主宇都宮公綱の弟である。豊房には子がなく、宇都宮貞泰の四男の宇都宮宗泰が継ぐ。

歴代
●宇都宮氏祖

藤原宗円(宇都宮氏祖・宇都宮座主)
八田宗綱(中原宗綱とも。八田権頭・下総守)
●宇都宮氏(下野国)

宇都宮朝綱(藤原朝綱。宗綱の嫡子。八田朝綱とも。宇都宮検校、宇都宮社務職)
宇都宮成綱(藤原成綱。左衛門尉)
宇都宮頼綱(宇都宮検校、伊予守護)
宇都宮泰綱(評定衆、下野守)
宇都宮景綱(引付衆、評定衆、下野守、尾張守、検校)
宇都宮貞綱(引付衆、検校、左衛門尉、下野守、三河守、備前守)
宇都宮公綱(引付衆、左馬権頭、治部大輔、備前権守、宇都宮検校)
宇都宮氏綱(下野守護、上野守護、越後守護、下野守、伊予守)
宇都宮基綱(下野守護、下野守、左馬頭)
宇都宮満綱(下野守)
宇都宮持綱(上総守護、肥前守、常陸介、左馬頭)
宇都宮等綱(下野守)
宇都宮明綱(兵部大輔、下野守)
宇都宮正綱(下野守護、下野守、左馬頭)
宇都宮成綱(下野守護、下野守、右馬頭)
宇都宮忠綱(右馬権頭、下野守)
宇都宮興綱(左衛門尉、左衛門督、下野守)
宇都宮尚綱(左衛門尉、下野守、右馬頭)
宇都宮広綱(下野守)
宇都宮国綱(下野守、羽柴国綱)
宇都宮義綱(百人扶持、高家)
宇都宮隆綱(下野守、取次役、千石、家老、城代)
宇都宮宏綱(小姓頭、七百石、書院番頭、大番頭、大寄合頭、家老、千石)
宇都宮寿綱(千石、上寄合)
宇都宮征綱(五百石、寄合組、御腰物番、歩行頭、小十人頭、進物番頭、書院番頭、大番頭、大寄合頭、七百石、老中、八百石)
●豊前宇都宮氏(豊前国)

中原宗房(八田宗綱の弟)
宇都宮信房(大和守)
宇都宮景房(壱岐守)
宇都宮信景(左衛門尉)
宇都宮道房(薩摩守)
宇都宮頼房(大和守)
宇都宮冬綱(城井冬綱。常陸介)
●筑後宇都宮氏(筑後国)

宇都宮泰宗(宇都宮氏第6代宇都宮貞綱の弟、常陸介、常陸守、左衛門尉)
宇都宮貞泰(三河守)
宇都宮貞久(貞泰の次男。壱岐守。長兄・宇都宮義綱、弟・宇都宮貞邦、宇都宮宗泰)
宇都宮懐久(壱岐守)
宇都宮久憲(蒲池久憲。三河守、壱岐守)
●伊予宇都宮氏(伊予国)

宇都宮豊房(宇都宮冬綱の弟。薩摩守)
宇都宮宗泰(宇都宮貞泰の四男。遠江守)
宇都宮泰輔(式部左近大輔)
宇都宮家綱(左衛門尉)
宇都宮安綱(左近大輔、周防守)
宇都宮宣綱(左近蔵人)
宇都宮清綱(左近大輔)
宇都宮豊綱(遠江守)

宇都宮氏族
宇都宮氏は大族であり、大小を数えると全国に分布している。しかし地方史も含めて歴史に名前の残る宇都宮氏は、おおよそ次のようなものだろう。

嫡流 宇都宮氏
後裔 下野宇都宮氏
庶家 武茂氏
庶家 今泉氏
庶家 松野氏
庶家 多功氏
庶家 横田氏
庶家 今泉氏
庶家 塩谷氏
庶流 豊前宇都宮氏
後裔 城井氏
庶家 麻生氏
庶家 佐田氏
庶流 筑後宇都宮氏
後裔 蒲池氏
庶家 大木氏
庶家 犬塚氏
庶家 今村氏
庶家 諫早宇都宮氏
庶流 伊予宇都宮氏
庶流 肥前宇都宮氏
庶流 肥後宇都宮氏
庶流 大隅宇都宮氏
これらの宇都宮氏は、分かれた後も養子や婚姻により同族としての結びつきを見せている。たとえば下野宇都宮氏第6代の宇都宮貞綱の弟の九州に下り、筑後国山門郡大木城を本拠地とした宇都宮泰宗の子で、九州の豊前仲津にいた宇都宮貞泰の長男の宇都宮義綱の子の宇都宮元綱は、豊前宇都宮・城井氏に入り、貞泰の次男の宇都宮貞久の子の宇都宮懐久は、筑後宇都宮・蒲池氏となり、貞泰の四男の宇都宮宗泰は、伊予宇都宮氏を継いでいる。また懐久の弟の宇都宮資綱の子の宇都宮政長は、祖の宇都宮泰宗の大木城を継ぎ筑後宇都宮・大木氏を名のる。

徳川氏の家臣の三河国の大久保氏も宇都宮氏後裔といい、大久保系図によると、宇都宮貞綱の弟の宇都宮泰宗(武茂泰宗)の子の宇都宮時景の子の宇都宮泰藤を祖とするという。孫の道意の時に宇津を名のり、その五代後の宇津忠俊が大久保氏の祖とされる。『藩翰譜』によると宇都宮泰藤は南朝方で、新田義貞が討たれた時、越前国を落ち三河国大久保に住んだことにはじまるというが、三河土着の大久保氏は宇津宮氏と伝え、宇都宮氏とは同音だが別とされる。

宇津宮とは、四国の伊予国喜多郡宇津に住んでいた人物で、桓武天皇の第3皇子の伊予親王で、宇津宮氏とは伊予親王の子孫と称する一族で、伊予の越智氏や伊予橘氏、河野氏などが知られる。

以下は宇都宮氏の傍系。宗円の子の八田宗綱の係累の八田一族の家々であるが、八田宗綱の嫡子の宇都宮朝綱(八田朝綱)を祖とする宗族である宇都宮氏からは分離したともいえる勢力を築いた家である。よって、上記の庶家とは分けて記す。この八田一族からは、主に常陸国、肥前国の小田氏や安芸国の宍戸氏などが輩出する。

八田知家
庶流 小田氏 
庶流 宍戸氏 

略系図
宇都宮氏

                  藤原宗円
     ┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
     八田宗綱(中原宗綱)               中原宗房
     ┣━━━━━┳━━━━━┓             ┃
    宇都宮朝綱 八田知家(小山政光妻)       宇都宮信房
     ┣━━━━━┓     ┃             ┃
     成綱   那須頼資  結城朝光           景房
     ┣━━━━━┓                   ┃
     頼綱   塩谷朝業                 信景
     ┣━━━━━┓             ┃
     泰綱   横田頼業                 道房
     ┃                          ┃
     景綱       頼房
     ┣━━━━━━┓                  |
     貞綱     泰宗                城井冬綱
     ┣━━┓   ┣━━━━━┓             |
     公綱 冬綱 武茂時綱   貞泰           家綱
     ┣━━┓   ┃     ┣━━━━━━━┓    │ 
     氏綱 家綱  氏泰    貞宗      貞久   直綱
     ┃      ┃     ┃       ┃    ┃
     基綱     綱家    豊房      懐久   盛綱
     ┃      ┃     ┃       ┃  (豊前宇都宮氏・城井氏)
     満綱     持綱    宗泰     蒲池久憲
     |       ┃     ┃       ┣━━━━━━━━━━┓
     持綱     正綱    家綱      義久  城井則房
  (下野宇都宮氏)(武茂氏)(伊予宇都宮氏)(筑後宇都宮氏・蒲池氏)

2009年01月20日

撥弦楽器である

三味線(しゃみせん)は、日本の有棹弦楽器。もっぱらはじいて演奏される撥弦楽器である。四角状の扁平な木製の胴の両面に皮を張り、胴を貫通して伸びる棹に張られた弦を、通常、銀杏形の撥(ばち)で弾き演奏する。

成立は15世紀から16世紀にかけてとされ、和楽器の中では、比較的歴史が浅いと言える。基本的にはヘラ状の撥を用いるが、三味線音楽の種目により細部に差異がある。近世邦楽の世界、特に地歌・箏曲の世界(三曲)等では「三弦(さんげん)」、または「三絃」と呼称し、表記する事も多い。雅語として「みつのお(三つの緒)」と呼ばれることもある。沖縄県や鹿児島県奄美諸島では三線(さんしん)とも呼ぶ。

楽器本体は「天神」(糸倉)、「棹」(ネック)、「胴」(ボディ)から成り、さらに棹は上棹、中棹、下棹の3つに分割出来るものが多く、このような棹を「三つ折れ」という。これは主に収納や持ち運びの便のため、また棹に狂いが生じにくくするためであるが、分割されていないものもあり「延棹(のべざお)」と称する。逆に5つ以上に分割できるものもある。

素材には高級品では紅木(こうき)材(インド産)を用いるが、紫檀(したん)、花林(かりん)材(タイ・ミャンマー・ラオスなどの東南アジア産)の棹もある。以前は樫、桑製も多かった。最近一部ではスネークウッドを使うこともある。特殊なものとして白檀(びゃくだん)や鉄刀木(たがやさん)を使うこともある。固く緻密で比重の高い木が良いとされる。胴は全て花林製だが昔は桑、ケヤキのものもあった。上級品では、内側の面に鑿(のみ)で細かな模様を一面に彫り込む。これを「綾杉」といい、響きを良くするといわれている。

皮は一般に猫の腹を使用していたが、高価な事と生産量の減少により現在は稽古用など全体の7割程度が犬の皮を使用している。 また津軽三味線は例外を除き犬皮を使用する。 合成製品を使用する場合もあるが、音質に劣るため好まれない。 雌猫は交尾の際、雄猫に皮を引っ掛かれてしまうため雌猫の皮を用いる場合は交尾未経験の個体を選ぶ事が望ましいと言われているが、実際には交尾前の若猫の皮は薄い為、傷の治ったある程度の厚みの有る皮を使用することが多い。

糸(弦)は三本で、絹製。津軽三味線に関しては、ナイロン・テトロン製の糸を用いる事もある。太い方から順に「一の糸」「二の糸」「三の糸」と呼ぶ。それぞれ様々な太さがあり、三味線音楽の種目ごとに使用するサイズが異なる。

通常、一の糸の巻き取り部の近くに「さわり」と呼ばれるしくみがある。これは一の糸の開放弦をわずかに棹に接触させることによって「ビーン」という音を出させるもので、倍音成分を増やして音色に味を付け、響きを延ばす効果がある。これによって発する音は一種のノイズであるが、三味線の音には欠かせないものである。「さわり」の機構を持つ楽器は琵琶など他にもあるが、三味線の特徴は一の糸のみに「さわり」がついているにもかかわらず、二の糸や三の糸の特定の押さえる場所にも(調弦法により変化する)、共鳴によって同様の効果をもつ音があることである。これにより響きが豊かになるとともに、調弦の種類により共鳴する音が変わるので、その調弦法独特の雰囲気をかもし出す要因ともなっている。「東さわり」と呼ばれる棹に埋め込んだ、螺旋式のさわりもある。

調弦
三味線にあっては、調弦は複数のパターンがあり、ヴァイオリン等と異なり、曲によって、また曲の途中でも調弦を変化させる。基本の調弦は次の通りである。調弦法が多種あるのは、異なる調に対応するためと、響きによる雰囲気の違いのためである(詳しくは「地歌」を参照)。

本調子 - 一の糸に対し、二の糸を完全4度高く、三の糸をオクターブ高く合わせる。一の糸がCならば二の糸はF、三の糸は高いCとなる。
二上がり - 一の糸に対し、二の糸を完全5度高く、三の糸をオクターブ高く合わせる。本調子の二の糸を上げるとこの調子になる事から。沖縄県では「二上げ」とも言う。C-G-Cとなる。
三下がり - 一の糸に対し、二の糸を完全4度高く、三の糸を短7度高く合わせる。本調子の三の糸を下げるとこの調子になる事から。沖縄県では「三下げ」とも言う。C-F-B♭となる。
パンチ ナビスパ キログラム ユーロ 風花 スマート ラビット リュクス リバー ナビピ スタチオ パラダイス 朝の山道 タイム すいば レバー クニカル ハイレ アーマー マレーシア まーこ ビフテキ 生かす マラケ 自然薯 ボック プラチナ ライフプ オマーン ドーハ 道しるべ オーガ うみわに ミーズ あかちゃ トロンボ 逢坂の関 スポッ シティ ミックス ドマーク ジニーメイ スプレッド はっさく フリート フォトン ブレード シアトー タイム ハウス

種類
伴奏する内容に合わせて幾つかの種類がある。一般に、細棹・中棹・太棹に大別される。

長唄三味線:細棹。象牙製の撥を用いる。歌舞伎音楽等で使用。
義太夫三味線:太棹。大きく厚い撥を用いる。浄瑠璃等で使用。
常磐津三味線:中棹。
清元三味線:中棹。
地歌三味線:中棹。高いポジションを多用するため、棹の胴との接合部が他の三味線とは異なっている。「津山撥」という象牙製の撥を用いる。
地歌の三味線自体は「三弦(三絃)」と呼ばれる事が多い。「三曲」とも呼ばれ、地歌及び箏・胡弓・尺八との合奏に使用。

新内三味線:中棹。爪を用い、立って演奏する「新内流し」が有名。
柳川三味線(京三味線):三味線の最も古い形。細棹より更に細い。
津軽三味線:太棹。先端が鼈甲製の小ぶりの撥を用いる。津軽民謡の伴奏に使用。
三線(サンシン):沖縄県と鹿児島県奄美諸島で用いられる。インドネシアニシキヘビの皮と、黒檀製漆塗りの棹に特徴がある。撥は用いず、水牛の角で作られた爪で弾く。
ゴッタン:鹿児島県に残る楽器。杉板で作られ、皮を張らずに板張りされている。
これ以外に、大正時代につくられたセロ三味線というものがある。